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パントマイムやってます。備忘録の他活動内容も載せてます。

「洲崎パラダイス 赤信号」 

1956年の作品。江東区にあった赤線地帯(売春地帯)、洲崎に流れ着いた訳あり男女の物語。売春防止法の完全施行は1958年からだから、赤線末期が背景か。実は川島雄三作品を意識して観るのは初めて。

最近の映画は話が丁寧すぎて、冗長に感じる時がある。ある程度想像力で補えるんだから、何から何まで説明的描写したり、つじつま合わせしなくても良いような気がするんですよ。「嵐を呼ぶ男」の最後のように「ええ?こんな終わり方あり?」ってくらいスパッと切っても良い気がするんですけど、それだとダメなのかな?まあアメリカンニューシネマと呼ばれる作品群までは行かなくてもいいけど。

この作品は状況としてはどろどろした男女の関係を、さっぱりと描いていて、1時間半の長さもちょうど良い。見ていて疲れない。これくらいが今の自分にはちょうど良いかも。

個人的に一番の見どころは、当時の秋葉原の電気街の様子。これを見ると秋葉原って、2000年代初頭までは雰囲気はあまり変わってない気がする。今はもう別の街ですね。ちょっと寂しい。
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「東京女子図鑑」 

NYに住んでいた20年くらい前のこと。どこかで並んでいた時、横にいた男二人が話をしていた。見知らぬ男同士のようで、「どこから来たんだい?」と聞かれた男がこう答えていた。
「ニューヨーク。おれはリアルニューヨーカーだ」
つまり生まれも育ちもニューヨークってこと。それを横で聞いてて、ちょっとだけ嫌な気分になったのを今でもよく覚えている。さしずめ東京で「おれは東京の山手育ちだ」と言われるのと同じ、嫉妬と反感が混じった感覚なのだろう。でも今になって思う。自分は生まれも育ちも札幌。これを札幌で旭川や釧路から来た人間が耳にしたらやはり同じ思いになるかもしれない。どうも近代の人間というのは、出身地の都会度による階級を無意識に作り、意識しているようで。

東京に出てきた時の高揚感はよく覚えている。でもそれに慣れると今度はニューヨークに行った。なにを求めて、そしてなにを期待していたのかはよく分かっている。でも時が経って分かったのは、常に無いものを求めようとしているということ。欲しいものを得たらもっと上を求める。そして東京から宮崎に移住した時には、求め出すとキリがないということにすでに気がついていた。心の胃は底無し沼だ。でも霞でも生きていける。

この作品は、東京に憧れて秋田から上京してきた主人公の物語。キャリアウーマンとして順調に出世し、同時に素敵な恋をたくさんする。住む場所も三軒茶屋→恵比寿→銀座→豊洲→代々木上原→と移り住み、人間関係も恋愛も場所に合わせて変わっていく。でも常に満足せず貪欲さは増していく。そして最後には‥‥というよくある話。しかもこんなに人生うまくいくのか?ってくらい現実離れしている。なのにそれは気にならない。それは主人公や登場人物達の人生ではなく、彼女たちを通して東京に住む人間全体が表現されているから。カメラに向かって独白するなど、ちょっと舞台っぽい造りが面白く、感情移入というより客観的に主人公を見る感じになっています。とてもよく作り上げられていますね。

どんなに頑張っても地方から来た人間は本物の東京人にはなれない。それを思い知るシーンもありますが、東京色に染まるのが幸せか?コロナ渦によって東京一極化集中に疑問を持つ人が増え始めた。今年に入って価値観がガラッと変わった。コロナによってこのドラマも平成レトロな作品と言われるようになるのかな?そんなことも感じました。

ちなみにこれを見ると港区生まれの人間がすごく嫌な奴に思えるかもしれないけど、そんなことないですよ。
※Amazonプライムオリジナル作品です。視聴できないかたは原作をどうぞ。
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「エヴォリューション」 

その孤島に住んでいる子供は全員が男の子。大人は全員が女性。病院では謎の手術が少年たちに行われている。女性は皆無表情で仮面を被っているみたい。逆に少年たちはいたって普通。

情報はそれくらい。台詞は最低限に抑えられ、音楽もほとんどない。あとは意味深な映像から観る者に解釈を委ねる。鮮やかな色彩の海が印象的で、映像美では対照的だけど、デビッド・リンチの「イレイザーヘッド」に近い感覚の映画。

多分何度も映されるヒトデが物語の鍵を握るのでしょう。最初から観るものに解釈を委ねる意図で作られているのだから、正解も求めることに意味はない。10人観たら10人とも解釈が違うでしょうね。ただ、前半でその事に気づいてから、メタファーとなる映像が露骨に感じてしまう時がありました。「これ写したから、ここから色々考えてみな」ってな監督の意図が感じられて。でもこれはひねくれたみかたです。素直に観た方が面白いでしょう。

とりあえず、もう一回観ます。2回目はもっとたくさんの発見があって、感じ方も違うだろうね。複数回観ることを考えると、90分位の長さはちょうど良いね。2時間だともう一回観ようとは思わないかも。HPラブクラフトが好きな人は気にいる作品かもね。
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「ホドロフスキーのサイコマジック」 

ホドロフスキー独自の心理療法、サイコマジックがどのように行われているかを撮ったドキュメンタリー。また、今までの彼の作品との関わり合いも紹介されている。彼の作品を見たことがある人なら、とても興味深く思うでしょう。

登場する者たちは、みな心に傷を持った人たち。それがサイコマジックよってどのように変わっていくのか。どのケースも結構感動します。そして、ホドロフスキー作品の根底にはサイコマジックがあることがよくわかります。

ホドロフスキーを理解するためには観た方が良いと思います。そ 数年後、「リアリティのダンス」「エンドレスポエトリー」の続編が作られるでしょう。その予習になるかもしれません。
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「ラッキー」 

「ラッキー」

ふと気づいた時に自分の人生、終盤に来ているって感じて、多分それは去年ヘルニアで生まれて初めて手術をしたのがきっかけだと思う。それを意識したからといってなんら生き方に変わることはないんだけど、すでに衰える時期に来ていて、いつか人生は終わるという事実を実感したのは確か。

やがて人は死ぬ。周りの人達との永遠の別れ。自分だけだけがこの世から離れていくような孤独感。宴の中で中座するような感じでしょうか。死ぬとはどういうことか?死んでみなきゃわからない。だから怖い。90歳になるまで独りで孤独にも負けず、頑固に生きてきたが、身体も精神も衰え、人生の終わりに怯える主人公は、それをどう受け止めて行けばいいのか?この映画の最後の最後に答えが出てきます。このシーンを見て自分も救われた気になります。

ちなみにデビット・リンチが友人役として出演しています。主人公を演じたハリー・ディーン・スタントンはリンチの作品によく出演してました。映画の中でも実際の友情が感じられ、ジーンときました。なぜならハリーは残念ながら、作品公開前に亡くなってしまったからです。亡くなる直前に出演した事になるから、どうしても彼自身の話のように見てしまいますね。他にも「エイリアン」で共演した人も出てたとか。最後の同窓会、あるいは旅立つ彼への見送りに盟友が集まった。そんな感じになってしまったんですかね。撮影時、90歳。享年91歳。すごい!
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