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omiOmi

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パントマイムやってます。備忘録の他活動内容も載せてます。

練習中の光景 

夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

今日は朝から池袋を始めあちこちいったり、やることも多くて忙しかったけど、不思議なもので忙しい時ほど積極的に行動する。一旦回りだしたはずみ車のように。

今日は残暑っていう感じだけど、適度に涼しくていい感じ。
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叫び 

SUJIさんのWS、帰り道の夜。電車の中にて。

「うわあ!殺される!」
と背後に男の叫び声。振り向くと、乗客がささ~と波のごとく引き、視界にはシートに持たれかかるちょい汚い感じのおじさんが入ってきた。ホームレス風だけど、そうじゃなかったら失礼。

その後も助けを求める叫びを上げ続けている。悪魔がのりうったのだろうか。ほんとそんな感じ。

主よ、あの男より悪魔を追い払い、救いたまえ。

祈らずにはいられません。夜の電車はいろんな人がいます。
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練習中の光景 

20060924221840
昼の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

ギターとだらだらセッション。秋風が心地よい。なぜかインド風にやってみようということになって、ギターはインドの音階で演奏。

公園はやけに人が多い。帰りに原因が分かった。イベント広場でインドの大きなフェスティバルが開かれていたから。ナマステ インデァ!そうとは知らずなんちゃってインドをやっていたうちら。これもシバ神のお導きか?嗚呼、想いは遥かガンジスの河辺へ。

当然帰りに寄ってみる。本場のカレー屋が沢山。その中で日本の「中村屋」のカレーコーナーが。客は少ない。まあインド観にみんな来たんだからインドのカレー食べるでしょ、普通。無謀というか度胸あるというか。

ナン食べてインド舞踊みてインド三昧な土曜日でした。

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能をつかんとする人 

吉田兼好の「徒然草」にこんな一節がある。

― 能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知られじ。うちうちよく習ひ得て、さし出でたらんこそいと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人一芸も習ひ得ることなし。 ― 第百五十段「能をつかんとする人」より

口語訳:
芸を身につけようとする人が、知られないように内々で十分習って人前に出るというのは奥ゆかしいが、これを言う人で芸を会得できる人は少ない。

http://www3.starcat.ne.jp/~koten/tulepage/tuledule48.html より

そのあとこう言っている。まだどうしょうもない未熟な状態から上手な人の中に混じって、けなされたり笑われたりしてもめげず、才能がなくても頑張り続ける。そんな人は、才能があっても練習に励まない人に比べ品格も備わり、やがては世間から一流と評価されるだろう。名人と言われる人たちだって、最初は未熟で、酷評、侮辱もされただろう。それぞれの道の教えを守り精進し、怠けなければその道の名人となる。

上手くなるには下手を通らないといけないのは事実。そして最初は苦笑され、酷評され、恥をかくのもあたりまえ。それを避けるため、謙虚な振りして上手くなるまでひっそり練習っていうのはやっぱりものすごい遠回りなことだと思う。芸でなくてもなんでもそうですね。どんどん人前に出てやって、どんどん恥をかく。そうした中でしか身に付かないことってすごく多いんだよね。肝心なのは自意識を捨てる度胸です。

ちなみに「徒然草」って後世の人が勝手につけたタイトルだとか。吉田兼好はどう思っているでしょう。
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練習中の光景 

夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

周りにはベンチに座り、いかがわしいことをしている2,3のカップルを除いて誰もいない。少し離れた所にフォークギターでの弾き語りと、周りを囲んで耳を傾ける数人の人たちの影が見える。

帰り道、目の前を若い男がすごい勢いで横切っていく。すぐあとから警官が同じような勢いで横切る。男は草むらにそのまま突っ込んでいくが、途中石垣に行く手を阻まれ行き場を失い、そのまま警官に取り押さえられる。なにをしたんだろう?それにしてもわざわざ逃げ場のないところに逃げず、公園内を体力に任せて走り抜ければいいのに、なんて思った。人間切羽詰まると冷静さを失うもんなんだね。それとも逃げるときって本能的に人目の付かない隅っこの方に行ってしまうんでしょうか。

なぜか、そのあと石垣をよじ登って逃げることは可能か、足の踏み場をチェックしてみた。
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記憶力が欲しい 

朝BASEMENTで一人練習したあと昼はいつものレッスン。夜はKAZさんのWS。前はこのペースだと後半集中力が無くなったけど、体力がついたのか、なんともなくなってきました。まあ体力だけがついているって感じでしょうか。技が身につかん。WSで貴重なステップやったのに家に帰ったらところどころ忘れている。ショック…
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Sandman - Biog 

Howard "Sandman" Sims 1918-2003

床に砂(サンド)を撒き、タップシューズでしゃりしゃり音を鳴らす。サンドマンの名前の由来はそのユニークなサンドダンスからきています。アンカーソー州、Fort Smith生まれ。後にロサンゼルスに移り、そこで育ちます。3歳のころからタップを始めていた彼ですが、サンドダンスといわれる独特のスタイルを作り出したのは、ボクサーを目指していたころ。滑り止めの松脂の入ったロージンボックスでリングシューズを松脂にこすりつけていた時、これを思いついたといいます。そういえば、おれが大学時代ボクシングやっていた時、試合前リングに上がる直前神経質に松脂の上で左右に足を回していましたが、今思うとダンスのようでした。その稀有なスタイルは結果として、タップ衰退期の1950,60年代においても称賛され続けることとなりました。

「俺のタップ用のボードをみんなは、これはお前のストラディバリウスだと言うんだ。俺はどんな音楽にでも合わせてタップができるし、音楽無しだってかまわない」
10人兄弟の一人である彼は兄弟たちと小さいころからストリートでタップダンスをしていました。チャック・グリーン同様彼も生活のためにダンスをし、常にタップシューズを肩から掛けて歩いていたといいます。
「ダンサーどもはあんたの足元にタップシューズを投げつけこういうだう。「チャレンジ(挑戦)だ!」
後にサンドマンはこうしたバトルで連戦連勝するようになったといいます。この相手にチャレンジを挑むシーンはグレゴリー・ハインズ主演の映画「TAP」の中でも出てきます。

サンドマンは二度にわたる腕の故障でボクサーになる夢を断念。その後1947年にNYに行き、"The Hoofers"に参加します(注:The Hoofersの詳細は不明。ハーレムにある、タップダンサーが集まるThe Hoofers clubと関連あるのかも)。彼らはジーン・ケリーやフレッド・アステアのようなダンス主体の軽やかなシアター・タップと違い、足全体を使った力強いリズムタップが特徴でした。ちなみにHoofer(フーファー)は馬のひづめを意味するhoofからきたタップダンサーを意味するスラングで、1920年以降使われるようになりました。今も主にリズムタップ系のダンサーをHooferと呼びます。

ダンス評論家Sally Sommerはサンドマンのタップを力強く活力あふれるものと評しています。
「体をかがめ、膝を曲げ、足を床に突き刺す。彼のサンドダンスはクリアで、素早いリズム、そして繊細なニュアンスを持っている」

さて、その床に砂をばら撒いてのサンドダンス。試行錯誤を繰り返したようです。最初ボードに砂を接着しさせてみたところ、靴が砂でだめになってしまった。今度は靴に接着させてみたところ、今度はボードがダメになってしまった。最終的には接着させず、単にサンドボードの上にばら撒く方法がとられるようになったそうです。

サンドマンはハーレムにあるアポロシアターで30年近く働きました。アポロシアターは言わずと知れたアマチュアアーティストの登竜門。アマチュアナイトの日には耳、目の肥えたハーレムの観客たちの前で、歌、踊りを披露し、観客が気に入れば拍手喝さい。だめならブーイングのあらしが起こります。そうなると、シアター名物のExecutionerがあらわれ、パフォーマンス途中でもステージから追い出してしまいます。おれは一度だけ見たアマチュアナイトのときは、追い出されたされたのは一人だけでした。日本人の女の子が歌を歌って、すごい拍手をもらっていました、そういえば。サンドマンはそのExecutionerをやっていました。1987年のNY timesでのインタビューでこう言っています。
「追い出されたパフォーマーたちは外で俺をぶちのめしてやろうと待ち構えていた」
彼はかつて自分も10回近く追い出されたことを彼らに話したそうです。それでも踊り続け、そのあと25回もコンテストで勝ち続けたのです。

また、このシアターではステージマネージャーとしても活躍し、その傍らTAPも教えていました。彼の生徒たちはGregory Hines, Ben Vereen, Emmanuel Lewis, Savion Gloverとすごい顔ぶれです。そしてタップダンサー以外にも、モハメド・アリがフットワークを習いに来たとか。 Bill "Bojangles" Robinson やSammy Davis Jrも彼のサンドダンスに魅惑されたといいます。1984年、日本でいう人間国宝のような、National Heritage Fellowshipを授与されます。
「おれが生み出す「ノイズ」が今じゃ「文化」と呼ばれるとはな」

ダンス評論家のAnna Kisselgoffはサンドマンを「他に類のない名手中の名手」と絶賛していました。前述の映画「TAP」にてその姿とタップダンスを見ることができますが、やはり1979年のドキュメンタリー"No Maps On My Taps"にて彼のキャラクターとサンドダンスを見るべきでしょう。

ここから動画も見ることができます。
http://www.offjazz.com/tap-stars.htm

サンドマン・シムスは2003年5月20日、NYのブロンクスにてその生涯を閉じます。しかしそのサンドダンスは多くのタップダンサー達に引き継がれています。日本だとKAZ(熊谷和徳)さんがよくやりますね。

参考資料:
http://www.feetfirstfoundation.org/index_002.htm
http://web.ukonline.co.uk/tc/hoofersclub/
No Maps On My Taps: amazon.comにて入手可能

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Sept.11 

20060913231321
11日、正確には日本での11日の夜。五年目のSept.11でした。同時多発テロから五年。五年たって世界はどうなったかというと、言うまでもなく良い方向には行ってないわけで、報復の悪循環が繰り返されているだけです。当時の朝、クイーンズのアパートのTVで眠い目をこすりながらWTCが崩壊するシーンを見たとき、てっきり録画だと思って大変なことがおきたんだなあってのほほんと見ていましたが、今見ている光景が実際今起きていることなんだとわかり、そこで初めて事態の深刻さが実感してきました。

ラジオから繰り返し流れる「第二の真珠湾攻撃だ!」という感情的な発言や、「あくまでテロリストの犯行です。イスラム教徒というだけで敵視しないでください」という良識的な発言。数日後、ビルの壁面の中に被害者への追悼のメッセージが張られた中の一枚に書かれた言葉。ファック、アラー!

NY Post紙にはテロリストの潜む区域に原爆落としちゃえっていう人の良さそうなおばあちゃんの発言が転載。それぞれの自警団による魔女狩りのようなイスラム教徒の監視は、証拠がなくても怪しいというだけで摘発され、検証もなく逮捕、国外追放されるケースもあったそうです。周りではINS(移民帰化局)から理由もなく国外退去通知が届き、パニック状態になったトルコ人の女の子。彼女、大学進学を目指して頑張っていた。そしてイスラム教は危険な宗教だ!と善良な目で話す敬虔なクリスチャンの友人。イスラム教徒もあのテロで大勢死んだんだと言うトルコ人の友人(WTCの近くにはトルコ街があった)。学生結婚して通学していたが、子供の安全のためにと学校をやめ帰国を決意した日本人夫婦。良いも悪いも人間の全ての要素が噴出した感じでした。

粉じん舞う空と陽光。毎年この日にフラッシュバックします。だいたいこの日はNYで過ごしていたのですが、今年は日本で。被害者のご冥福をお祈りします。当時の道行く人々の別れの挨拶はGod bless you。

すべての神が等しくbless you!

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ヘンリーのルーティン 

みすみ先生のところでヘンリーレタンのルーチンのクラスを受けることにした。全部で18のルーティンがあって、全部覚えるのは無理だけどいくつかは確実に覚えようとは思います。もともとステップ覚えが人一倍悪いから苦労しそうだけど。この前行った時は1番はシムシャムなのですぐ終わり、二番の途中まで。もうすでに細かい部分が忘れかけてる。メモちゃんと取らなきゃ。苦労しそう。
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練習中の光景 

夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。
めずらしく静か。虫の音色に合わせてリズムを刻むのも悪くない。せっかく外でやってるんだから周りの音を聞き、それに呼応するように感じるままにやりたい。だからヘッドフォンで音楽を聞きながらはやらない。外にはいい音が溢れているからね。

「音楽を聞き、窓からの景色を見、空気を感じとって心の赴くまま自由に移動してタップを踏みなさい」
去年NYでレッスンを受けたときにやったこと。ボール&ヒールドロップだけの単純なステップを踏みながら各自が自由に動き回る。その時も今も感じたことをステップで表現出来ないけど、やろうとすることが大事なんだと思う。
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ジャズダンス 

ジャズダンスを始めた。確かドクターヘンリーレタンだと思うけど、タップをやるならジャズダンスかバレエをやる必要があるとか言ったのを何かで読んだことがあって、前から考えていた。まあタップ三年目のそろそろ馴れてきたこの時期に、新しく一から何かを始めるというのも良いことかも。初心を常に忘れないという意味でも。

問題は股関節が異常に硬いこと。空手をやっていた時でも結局足上がらなかったから、今回も限界はあるでしょう。あと、整骨院で骨盤矯正してもらっている俺としては、骨盤のズレが心配ですね。実はこれが怖くてジャズダンスを今まで躊躇っていたんだけど。無理せずコツコツとってとこかな。
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個人練習 

基本的に練習っていうのは個人練習が中心で、教室でのレッスンはステップなど個人で練習することを覚える場だといつも思ってます。楽器を覚えるとき、レッスンで全員で一斉に音を出してもたいして練習にならないじゃない。自分の音が聞こえないわけだから。タップもそれと同じじゃないかと思うわけです。よく基本の反復練習はつまらないっていう声があるけど、おれは全くそうは思わないわけで、ビートに乗ってひたすらリズムキープしていると、トリップしたような心地よさが湧いてきます。気が付いたら10分近くパドル&ロールをやっていた、なんてこともよく有ります。反復練習については疑問にある部分もありますが、それはまたの機会に。

技術以外でいうと、自分の音と向き合うことができるというのも個人練習ならではでしょうね。自分の音を聞くというのは鏡に映る自分の姿を見るようなもの。出来る自分も出来ない自分も、いい部分も嫌な部分も見える。でも、そのすべてを平等に受け入れる。そんな作業は大事でしょうね。タップとかそういうのを越えて。なんて偉そうなこと言っている自分ですが、まだ全てを受け入れる器ありません。でも確に嫌な部分だってダメな部分だって本当にそうなのか分らないですね。「マクベス」の中で三人の魔女は呟きます。「綺麗は穢い。穢いは奇麗」ってね。

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練習中の光景 

夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。
酔っ払い集団が騒いでいて、男も女もかなり酔っぱらっているよう。で、一人が服を脱がされ、みんなに体を担がれおれの横を通り過ぎていく。振り向いてみてみると、そのまま池に向かって担いだ人間を放り投げる。ざっぷーん!暫くしてまた一人。そして、二人、三人…次々とずぶ濡れになっていく。途中で見回りの警官が来るが落ちた人間を見ただけで、帰っていく。池は浅いし、酔っ払いの普通の騒ぎ。騒ぐことじゃない。ただ、おれも落とされるのではとひやひやした。

しばらくして道に迷ったと言う白人カップルがトイレの場所を訪ねてくる。「さっきまでライトで明るかったのにもう真っ暗。これじゃ自分がどこにいるのか分からない」。でもそれが代々木公園の夜の顔。音だけがどこからともなく聴こえてくる。
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週末のタップジャム 

SUJIさん主催の高井戸倶楽部でのイベントと、ペンサコーラでのタップジャムが同じ日の昨日にあって、どっち行こうか考えてしまう。で、月一回のタップジャムは習慣になりつつあるので、ペンサコーラの方に行く。それにしてもイベントが重なるなんて。潰しあうことないのに。まあ日にちがぶつかり合うぐらいタップのイベントが増えてきたってことでいいことなのかも知れないが。

ただ体調がよろしくなく、体も重い。風邪?携帯をみると、スイスのドミニクくんから着信有り。今までも何回かかかってきたんだけど、深夜遅くとか早朝だったんで出ることができなかった。さすがにまた無視したら怒るだろう。休憩中電話をかけるが、久々の国際電話でかけかたを忘れる。いろいろ試してようやくつながる。久々。長電話。はっ!スイスかぁ…通話料はいかほどに…
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