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omiOmi

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パントマイムやってます。備忘録の他活動内容も載せてます。

練習中の光景 

代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前…ではなく、家でゴロゴロの日曜午前。

久々にゴロゴロする。この時間に代々木公園でノイズ系人間とジャムる予定だったけど、雨が降りそうだったので前日に中止にしたからだ。でも天気予報は外れて晴天。ひとりでやろうかなとも思ったけど、膝の調子が良くないし、休めという神の啓示だろうと勝手に解釈。TV見たり、うとうとしたり。日曜の午前、こういうのもたまにはいいもんだ。もう少しごろごろしていたかったけど、昼にBasementの予約入れていたので、重い腰をあげて東中野に向かう。

2時間半やった後、松屋で急いで食事してSUJIさんのWSに向かう。電車の中で恐ろしいほどの睡魔が襲う。そう、前日はおにぎりしか食べていない。つまりほとんど炭水化物。そのせいか、いつもの倍以上に疲れてる。スタジオのある高田馬場についたのは始まる5分前。あわてて…といいたいけど、眠いのでマイペースでスタジオまで歩く。16:30到着。着替えてスタジオはいると、既に始まっていました。WSは気合で乗り切り。押忍!でも疲労困憊。
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練習中の光景 

昼の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

土曜日昼。夜だと人が少なく怖いので目立たないように静かに音を鳴らしているのだが、昼だと周りに音を出している人たちがたくさんいるので遠慮なく音を鳴らせる。外国からの観光客が多く、気がついたら写真を撮られていたりして、そうなると変にはりきってしまい、おかげでひざに痛みが出てしまう。ここは池にせり出した木の床でできているのだが、四隅に近くなるほど木にしなりがなくなるので、膝に負荷がかかる。迂闊にもせり出し部分、つまり陸とのつなぎの部分の一番固いところでやってしまった。こんどは場所に注意しよう。久々にスニーカータイプを使ってみようか。音は嫌いだけど膝には優しい。

夕方、おれの習っている先生主催のカルチャー発表会を観に埼玉まで行く。遠い。シアター系で、アニーの振り付けもやっていた先生。三年前、最初にタップを習い始めたのはその先生のスタジオで、今でも通い続けて最近はジャズダンスも習っている。実は去年までリズムタップという言葉すら知らなかったので、シアター系一本でした。ステージにはコンパネが敷かれてあったんだけど、ホップ、シャッフル主体の軽やかなシアタータップにはコンパネの音が結構あっている気がする。でもボール、ヒールドロップ主体でヘビィサウンドのリズムタップだと奥行きがない音になってしょぼくなる。ぺたぺたぺたって。まあ、どんなスタイルでも木の板を引くのが一番なんだろうけど、コスト的に大変だろう。とくに発表会のように限られた予算でやる場合は。瞬時に板の材質にあったステップを踏む…そんな芸当おれはあと50年くらいかかりそうだな。

発表会終わってすぐ帰宅。帰ってからすぐ、ハロウィーンパーティ。忙しい土曜でした。この日は移動中しか食事の時間がなかったので、おにぎりしか食べてません。

話は変わって、アマゾンで素敵なDVD見つけました。

ザ・レジェンド・オブ・モータウンライブ・アット・ジ・アポロ・シアター 1985

1985年のアポロ劇場50周年記念コンサートの模様で、タップでの出演者がすごい。サミー・デイビス・ジュニア, バニー・ブリッグス, チャック・グリーン, ルディ・ジョーンズ, ジミー・スライド, サンドマン・シムズ, ハロルド・ニコラス(何人かの人たちについてはこのブログの"Hoofers"のカテゴリーに書いてます。参照して下さい)。日本盤(リージョン2)のDVDでこれだけのマスター達を見られるのって、ほとんど無い。だいたい日本のamazonにはタップ関係ってほとんど無いし。他にはスティービィ・ワンダーやサラ・ヴォーンも出演。3,990円か…でも早く買わないと生産中止になるかもしれれないし、迷うところ。

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練習中の光景 

夜の代々木公園、某日。いつもの「大きな噴水のある池」前。

今週は寒かったですね。前日の雨のせいで、床が湿っている感じがありますが、支障はないだろうと思い靴をはく。木のせいか、水はけがかなり悪い。肌寒い中カップルたちは闇に潜んで体を寄せ合っています。酔っ払いなのかふらふらとスーツ姿のシルエットをした男性が一人ふらふらと歩きまわっています。そのうち横の草むらに横になって寝てしまった模様。池の前でタップやってる人は俺一人。大体おれの行く時間は一人が多い。いても他に一人だけ。暗闇だから知っている人かどうかもわからない。

右側からはサックス、左からはバグパイプのような中近東のホーンのような音の不思議な旋律がどこからともかく聞こえてくる。トルコに行った時礼拝の時間に街角から流れてくる音楽に似ている。偉大なるアラー万歳!

帰りの原宿駅。深夜0時前。平日の深夜、閑散とした竹下方面からはいろんな人たちが駅に向かってやってきます。新宿や渋谷と違い、人が少ない分殺伐とせず、適度な雑多性が人間臭さを感じさせます。

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Bunny Briggs Biog. 

実はバニーが気になるようになった最初のきっかけは、おれの従兄に似ているというただそれだけの理由であった。もっというと、うちの母方の家系に通じる顔なのである。そんな人間に親近感を抱かないはずはない。そして次にその繊細なタップと合間合間の力強いストンプに魅せられた。今でこそ一般的なステップのPaddle and Roll。このステップを生み出したのはバニーだとか。新たに創り出したのか、それともすでにあったのを極めたのかは分らないが、たしかに別名Tommy Gun(機関銃)と呼ばれるPaddle and Rollは彼のタップスタイルを象徴していると思う。おれが最も敬愛するタップダンサーの一人、バニー・ブリックス。前から書こうと思っていたのだけど、とにかく資料がない。結局ネットや本、ビデオで、あるいは人づてに聞いた断片的な情報を自分なりにつなぎ合わせてみた。正直不正確な部分もありそうだが、資料も時間もない。間違いに気がついた人はメールをくれるとうれしいです。


Bunny Briggs (1923 -)

ニューヨーク市生まれ。

一般的な中流家庭に生まれたバニーは、子供のころにストリートダンサーとしてそのキャリアをスタートさせる。そしてPorkchops(*1) と呼れるダンサーに見出され、ボードビル(日本で言う寄席のようなもの)でタップダンスを始めるようになった。まだ5歳のころである。このころはボードビルが陰りを見せ始めた時期であった。正確なことはわからないが、1930年代は1929年からの大不況があり、そして1940年に入ると第二次大戦に入り、この二つの出来事でボードビル客が入らなくなり大打撃を受けたと聞いている。またタップダンスもこのころから衰退期を迎え始める。1930年代、ボードビルの芸人にとってショウビジネスとは主にボードビル劇場、ナイトクラブ、ビッグバンドダンス、ホームパーティなどであった。バニーはその時代、ラッキー・ロバーツ(*2)のバンドとともにホームパーティでの仕事をこなし、その中で彼のタップの持つ「ソフトサウンド」を成熟させていった。

1965年ころ(*3)からデューク・エリントン・バンドの専属タップダンサーとして名をはせ、デュークは彼のタップをフューチャーした曲を作ったりもした。その当時のCDがないかAmazonで調べてみたのだが、結局見つけることができたのは、"Concert Of Sacred Music From Grace Cathedral"一枚だけだった。1966年のSacred Music Concert(セイクレットコンサート)のライブ音源である。しかしバニーのタップが入っているのは"David Danced Before The Lord"一曲だけの可能性が高い。$19.98+送料という値段を考えると迷うところ。もちろんデュークエリントンのファンなら問題ないはず。

バニーのタップはパドル&ロールに代表されるように、非常に繊細でかつマシンガンのように早い。床に靴を着けるかつかないかのすれすれのところで、見えないくらい小刻みに足を震わせる。まるで、空気を振動させて鳴らしているのではないかと思うほど。かと思えば、ストンプで強烈な音を出したりと、アクセントがはっきりしている。そして、茶目っ気ある動き。ドキュメンタリーNo Maps on my Tapsでは1933年の10歳になるかならないかの頃撮影されたバニーのタップダンスを見ることができる。ここでタイムステップやクランチなどの技術的に完成度の高いステップが披露されている。そしてそのあとに流れる1980年代の芸術的に完成された彼のタップと比較してみると面白い。

1999年にはNYで開かれるナショナルタップディのイベント、Tap Extravaganzaで長年の功績を称えるFlo-Bertアワードを受賞(*4)。1988年(*5)ジミースライドらとともに出演したミュージカル"Black and Blue"にてトニーアワードにもノミネートされてた。また、ハインズ主演の「タップ」にても往年のステップをチャレンジのシーンで披露している。

バニーは70歳代まで踊り続け、現在はラスベガスの老人ホームで余生を送っている。以前、マスター・ダイアン・ウォーカーに聞いたところ、彼のもとにはセヴィオンをはじめとする、数々のタップダンサーが訪れているらしい。彼女も訪れたことがあるらしく、バニーは別れ際に人さびしくなって泣いてしまったとか。

参考:
http://vaudeville.org/index_files/Page961.htm
http://www.reviewjournal.com/lvrj_home/1999/Jul-05-Mon-1999/lifestyles/11477593.html
http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9900EED61239F931A15750C0A967948260
http://vegasjazz.org/history7.htm

ドキュメンタリー:No Maps on my Taps



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*1: おそらくタップダンサーなのだろうが、詳細不明。

*2: ハーレムのピアニストで、Moonlight Cocktailの作曲者。だが音源はほとんど残っていないらしい。

*3: 正確な年は不明。しかし少なくとも65年には教会で行われていたセイクレットコンサートにバニー は出演していた。

*4: 歴代の受賞者はここを参照。

*5: あるいは1989年

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Don't look Bach 

季節の雰囲気と全体的に気分が上向きじゃないこともあって、現実逃避するのもたまにはいいだろうと、バッハの管弦楽組曲第二番ロ短調と三番ニ長調を聴く。そうするといろんなイメージの世界が頭の中に広がっていく。秋にクラシックはとても良い組み合わせだ。以下は昔違うところで書いたものを加筆修正したものです。

いくら今ジャズやロックに感化されようと、やはり幼いころ聴いた音楽の影響から逃れることは出来ないし、それが後に自分独自の微妙な色合いになるのだと思う。自分の音楽の原点はクラシックなんだと思う。今でもJ.S.バッハはたまに聴いている。バッハは過去に三回よく聴いていた時期があった。最初は小学生の時。小学校の先生がクラシック好きで、音楽の授業でよく聴かされていたせいで、衝撃的な出会いではなく気が付いたら馴染んでいたという自然なものだった。好きなのは交響曲のような派手めの曲ばっかりだったが。なかでもおれはバッハが好きで、バロック独特の音階と主旋律にからむ副旋律がたまらなかった。ただ正確にはバッハが好きだった気がするというだけかもしれない。実際、当時はどれがだれの曲なんて詳しく知らなかったし、もしかしたら同じバロックでもヘンデルのほうが好きだったかもしれない(「水上の音楽」は最も好きなクラッシックの曲の一つ)。今の思い入れでバッハが好きだったという過去にしているだけかも。まあ少なくとも「アイゼナッハの教会で聴いたバッハは、眉間をぶち抜かれるほどの衝撃だったぜ!オーイエ
~」なんてロックンロールな衝撃はなかったはず。

とはいっても一生忘れないだろう思い入れの強い曲が確にある。前述の第二番の中のロンド。小学校の時の合奏団でフルートで演奏した曲。加えて6年生の学芸会の時でもクラスで演奏したのだが、そのときはソロパートを入れてくれて、これが初めて人前でソロをやった曲だった。聞いた回数よりフルートで吹いた回数のほうが圧倒的に多いと思う。そのあと高校生になるころには完全にロックのほうに傾倒していたのだが、20歳近く年上の友人がバッハの大ファンでいろいろと曲について解説してくれて興味を持ち、再び聴くようになった。ヘビィメタルバンドの多くがバロックに傾倒しているという背景もあったかもしれない。そのころはミサ曲、協奏曲、カンタータなどいろいろ聴いていた。中でもマタイ受難曲がすきで、冬の札幌の寒い部屋の中で布団にくるまりながら聞いていた。暗い青年時代。

そして、二十歳過ぎたころ。ピアノをきちんと勉強しようと思ったのだが、どうせならバロックをやろうと思い、「二声のためのインベンション」の譜面を買って毎日練習していた。インベンションはバッハが息子のために教本として書いた曲。これをどんなに機械的に練習したとしても、全曲弾けるようになるころにはテクニック、作曲能力、そして音楽感性が自動的に高められている、と言う人もいるほどのものである。実際、練習曲というにはあまりにも曲として素晴らしすぎる。ただ難しすぎて一曲だけで精一杯だった。そして残念なのはもうほとんど覚えていないということである。

本格的にクラッシックを勉強していないおれには、今だにバッハのほんとのすごさが理解できてないと思うけど、そんなことは気にしない。バッハを聴いていると自分の過去を散策しているような感じになる。誰もがそういう曲を持っていると思うし、たまたまおれはそれがバッハということだけ。しかし、いままでは前向きな気持ちで聴いていたけど、今は後ろ向きのような…弱ったか?
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中野あれこれ 

昨夜、意外に早く仕事がかたついたのでBASEMENTに電話してみると、22時までの二時間空きがあるというので、直行する。平日のこの時間に二時間空いてることは滅多にない。その後代々木公園でも行こうかと思ったけど、体調がおもわしく無いので帰ることにした。

一つ目の中野駅で降りると、禁煙のはずのホームで煙草吸ってる人が何人かいた。夜の中野駅は喫煙している人が結構多い。その他には、駅員の制止を振りきって改札を突破して走りさったツワモのが以前いた。数日前は酔っぱらってか、倒れてぴくりともしない女性がいた。そんなアウトロー達が利用する中野駅。まあ多くは酔っぱらいですが。

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黒人天才 

Kokujin-tensai(黒人天才)という黒人ラッパーがいます。日本語でラップしているんだけど、ほとんど英語のヒップホップの詩を直訳したような歌詞。イロモノ扱いされそうだけど、ある意味正当派ともいえる。アメリカのヒップホップアーティストがどんな詩をリズムに載せているのかってことも感覚的にわかって面白い。あまりにもストレートな歌詞。不思議な感覚の曲と印象的な日本語アクセントは耳に残る。

黒人天才というネーミングはまさしく天才。まずは下のサイトからPVを観てみよう。黒人天才、なかなかダンスがうまいです。でもかっこいいというより、かわいいという感じ。がんばれ黒人天才!

PV↓
http://www.youtube.com/watch?v=zVWr7f88XGs

Kokujin Tennsaiサイト:
http://www.myspace.com/fpackokujin

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東中野あれこれ 

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日曜は発表会のリハをはじめ、他のいつものレッスンがあったりと忙しかったですが、来月まではこの状態が続きそうです。加えて平日は仕事が忙しく、多忙極めています。練習量が多いと、やはり膝への負担が多くなるのか軽い痛みがあるような気がして(「気がする」というレベル)、念のために家に帰ってからアイシングをしています。

その日の午前中はBasementで練習してたのですが、ビルの一階入り口前にある無農薬食材使ったオニギリ屋さんが向かいの東中野駅前まで出て売っていました。ひさびさに買ってホームで食べてみる。あそこのおにぎりってうまいんだけど、ぼろぼろ崩れるのでおにぎりとしての機能をなしていません。でも今回のはしっかりと握られていて食べやすかったです。そういえばビル斜向かいの駅近くにある今川焼屋、8月頃からずっと閉まってますが潰れたのでしょうか?いつも食べてたのにさびしい。

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練習中の光景 

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夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

平日のせいか全く人がいません。秋風がさびしいく吹くだけ。暗闇の中自分の音だけが公園内に響きます。完全に貸し切り状態。ここまで人がいないと怖いです。たまに人が通る度にビクッとします。

全身黒で固めた人が建物の蔭に潜んでいるのを見つけると、さすがに心臓が止まりそうになる。だれ?カップルの盗撮目的?夏はカメラ持って陰に隠れてた人を何度か見たけど。

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Hoofers Club 

KAZさん主催のイベント、Hoofers Clubに行く途中。

渋谷駅前で警官に捕り職質を受ける。時間に遅れそうだったので早足で歩いたのが敗因。

鉄則:警官の前を早足で歩いてはいけない。

豊富な職質歴から学んだこと。迂濶にも焦ってしまいその鉄則を破ってしまった。警官数人に囲まれ荷物を調べられる。おかげでさらに遅れる。なんでいつも俺だけ?

なんなく検査も終わり解放された後、さらに時間がなくなり、急いで会場のクラブ、PLUGに行く。で、着いたらすでに始まっていました。ちくしょう…

今回は二部構成の内、一部がTAKAさん始めHoofersの出番。あわてて靴をはく。少しだけタップ踏みましたが、やりたいことが半分も出来ず。っていうか、だめだめタップ。軽くへこむ。ライブの難しさってここだね。10出すには20の実力をつけなきゃならない。やっぱ練習ですね。

で、二部のKAZさんの舞台。圧巻でした。SUJIさんも出てきたし、月曜シアターコクーンでのライブでビブラフォン叩いていたNYから来ていたミュージシャンBill Wareも演奏に加わり、豪華絢爛でした。

終ったのは23時過ぎ。今帰り道です。なんか疲れたのでこのへんで。
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練習中の光景+ Resolution of my tap 

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昼の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

すでにカオス状態。サークルになってフットバックやっている人たち、ラテンなダンスをしている集団。もくもくパーカッション叩いている者、狭い場所にそれらすべてが入り乱れての混雑ぶり。その中に混じるようにカタカタ足を鳴らす。あちこちから無秩序に音が流れ、もう何が何だかわからん状態。負けないように大きな音出したいけど、膝の調子が悪いので軽く鳴らすようにした。それにしても太鼓たたく人って、徐々に増殖しているような気がする。なんかこれだけ多種多様な事やっている人たちがいるんなら、お互いが触発しあったなにかができないかななんて思うけど、みんな自分のテリトリーで、自分のペースでやっている。まあ、おれもそうだけど。

夕方、KAZさんのライブを観にシアターコクーンまで行く。ものすごい人で客席はほぼ満員。タイトルはResolution of my Tap。一応日本での活動の締めになるのだろうか。今まで観た中では今回のライブが一番好き。それはたぶん曲が好みだったからなのかもしれない。あとタップが中心というより、バンドの中の一メンバーとしてやっていた感じがした。他のプレイヤーのソロもフォーカスされていたので、音楽ライブとして楽しめた。ダンサーとしてのベースが無いおれは、全面タップでダンス主体より、こういう形が好み。完全に楽器としてTAPの立場を確立したという感じ。あとTAKAさんも出てたんだけど、以前に比べ個性的になってきた気が。TAKAさんのタップはKAZさんと同じくらい好きです。

ところで俺は床に砂を捲いてタップを踏むサンドダンスの音が苦手です。PAを通すとやたら高音が強調されて、ガラスを爪でひっかいたような音に聞こる。靴にピックアップつけて音を出しているんだとしたら、どうしても生音と違う硬質な音になると思うのでそれは仕方がないとして、もうちょとPAで調整できないのかなあ。スライドの音もキンキンしてました。元祖サンドダンス、サンドマンはライブでどういう風にやっていたんでしょうね。あの時代だからたぶんマイクで拾うの難しそうな気もするけど。

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発表会練習 

いろいろな経緯があって、ヒグチスタジオの生徒となり発表会に出ることになりました。先月決まりました。

日曜夜はその練習なのですが、その前にちらっとペンサコーラのタップジャムに顔を出す。一時間くらいしかいれなかったけど、早く帰るといったら一気に三曲やらしてもらいました。ありがとう。やはりジャムでしか得られないものというのがあるもので、色々勉強なりました。帰り際に沢山人が来ていたようで、さぞ盛り上がったことでしょう。

さて中座した俺はすぐにヒグチスタジオへ。ペンサコーラのある飯田橋から世田谷区野沢まではいろんなルートがあるけど、京王線代田橋までいって環七からバスを使うことにした。計算ではちょうどいい時間に着く予定。だが…

連休ということを忘れてました。環七は渋滞。バスはなかなかこないし、ようやくきても30キロくらいのスピードで走る。結局30遅れ。リスクマネージメントしっかりしなくては。

ヒグチの発表会は11日19日です。興味があるかたは是非どうぞ。
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練習中の光景 

夜の代々木公園。いつもの「大きな噴水のある池」前。

土曜日。隣で20人近くで宴会やっている人たちがいてとても賑やか。いつものように目立たないように小さな音をだすよう心がける。そのせいで小さい音で鳴らすことに慣れてしまった。名前を忘れたが昔あるギターリストは、隣人からの苦情を避けるため弦をミュートして弾くようにしていたらしいが、それがミュート奏法といわれ注目されるようになったとか。

帰りに渋谷でSUJIさんのストリートライブを見る。相変わらずかなりの人が集まっている。ちょっと離れた所ではバンドが警官に演奏を止められていた。ストリートでやっていくのも難しい世の中。世界の大都市ではいろんなストリートパフォーマーが閉め出しをくらっている。そんな中で東京はこれでもは寛容な方だと思う。まあ規制する方もそれなりの理由はあるんだろうけど。だれもが納得いく方法ってないんだろうかと思う。

歌舞伎町ではルネッサンス運動の一貫としてストリートパフォーマーの為の場を設ける案もあるとか。浄化作戦の影響で人もテナントも減り、街再生のために試行錯誤している歌舞伎町は、案外渋谷より新しい文化を造り出す街になるかも。
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